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天才の仕事  (Peter Gansterer氏の場合)

さて、今日のテーマは天才の仕事です。天才というと現代ならメジャーリーガーの大谷選手や、サッカーのメッシ、エムバペ選手など、スポーツ選手を思い浮かべる人は多いと思います。

私のように将棋ファンの場合は藤井聡太さんや羽生善治さんを思い浮かべる人も多いでしょう。

スポーツにしろ将棋にしろ、競技の分野ははっきりと結果が出ますし、現代のメジャーリーグなどは全て数字によって評価(ちょっと行き過ぎの感もありますが)されますから、誰でもすごさがわかり易いですよね。

このように数字での評価がスタンダードになると、自分でその人の評価をする前に、「こういう成績だからこの人はすごいんだ」という感じで、実は自分できちんと評価をしていない、という場合が多々あります。

それに比べて芸術分野では、名前が知られていない人、自分が全く知らなかった人を正当に評価するにはそれなりに知識や認識力さらにはある程度身体意識を感じ取る力も必要です。

今日は私の趣味である音楽鑑賞の分野で、スピーカーメーカーであるVienna Acoustics(※日本語表記ウィーン アコースティック ヴィエナ アコースティクスとも) のPeter Gansterer(ピーター ガンシュテラー)氏の事を少し話してみたいと思います。

ピーターガンシュテラー氏とヴィエナアコースティクス社のフラッグシップモデル「The Music」
ピーターガンシュテラー氏とヴィエナアコースティクス社のフラッグシップモデル「The Music」

その前に音楽に興味がない方のために生演奏と録音の話をしておきましょう。

生演奏と録音

私は子供のころからクラシック音楽を愛聴しています。両親はクラシック音楽の熱烈なファン、という訳ではなかったようですが、家には20〜30枚程度のLPレコードがあって、私は小学5年生頃にモーツァルトのトルコ行進曲や、ベートヴェンのエリーゼのためにが入ったレコードを聴いていっぺんにクラシック音楽のファンになってしまったのでした。
いまでもその時の鮮烈な感動ははっきりと覚えています。

さて、このクラシック音楽というのは本場のヨーロッパでは教会やコンサートホールなど、音響に優れた特殊な空間で演奏される事が多いものです。

演奏家もそういう音響の優れたところで演奏することを前提としているので、要するにプロは大きい部屋なら大きい部屋なりに、小さな部屋なら小さな部屋なりに、部屋の音響を前提にして音を出している訳ですね。
ヴァイオリンなど、クラシック音楽に興味が全くない人が、普通の部屋で大きなホールで引くときの弾き方をすると、間近で聴いたことのない人にとってはプロの音でもドラえもんのしずかちゃんの演奏に聴こえてしまう(といったら大袈裟ですが)場合もあるといいます。

それを録音する場合は一本のマイクで録ることもありますが、基本的にたくさんのマイクを使うので、エンジニアも会場の音響を考慮して複数の音源をミキシングして一つの作品にします。

ですから、録音という作業はプレイヤーの演奏の良し悪しだけでなく、会場とそれらを考慮した録音エンジニアの共同作業となり、ホールはホールなりの、スタジオはスタジオなりの音になるように、エンジニアが調整するわけですね。
ということで、いわゆる名盤というものはそれら全てが良い条件になったときに生まれるものなのです。

さて、これを再生するとなると、当然録音された会場の音響が再現されるものが良い、と言うことになるのですが、実際はスピーカーという箱から音が出てくるので基本的に部屋で会場の状況を再現するのは不可能です。

ですが、再生装置のエンジニアはできるだけそうしたいと思って設計をするのですね。

しかし、ジャズでもロックでもポップスでもクラシックでもそれぞれ録音される会場も違いがありすぎるし、演奏される楽器の個性も違いすぎるし、ということで、現実には出てくる音の波形であるとか、そういうスペック面を前提として設計される傾向が強いのです。

スペック重視なら出てくる音はクリアになって、スペックが良い装置は基本的にどんな音楽でも水準以上で鳴らします。

しかし分野は違いますが、例えばメジャーリーグの数字重視を見ていると、
「どこそこのチーム限定で開幕から何試合で2塁打の多さが新人では50年ぶり!」
みたいな数字を見ても、私などはそれがどうしたとしか思いません。
そこまで無理やり細かく記録をたどっても、その選手の本質を必ずしも表現しているとは限らないからです。人や作品の評価とはそういうものでは無いと私は考えます。
同じように機械もまずスペックありきだと、結局そのエンジニアは何がしたいのか、という最も重要な部分がいつの間にか抜け落ちてしまっている事が多々あります。

音楽の再生装置としてのオーディオ業界という分野を見ると、最近のものは特にそう言う傾向が強い感じがします。音は綺麗でいかにもハイスペックですが、ただそれだけ、という感じですね。

まあ、こんなにマニアックな分野で個性を出しすぎて失敗すると会社も簡単に損失を出しますから、とりあえず解像度がよく、綺麗に鳴る機械が無難なのはしょうがないことともいえますね。
そういうことをしている間に、スペックを追う事だけが正義というか、それ以外の価値観に触れる機会がなくなってしまい、本来優秀であったエンジニアでもできる製品はつまらないという事が起こり得てしまいます。

しかし、例えば現在世界最高のアニメーション監督でアニメーターの宮崎駿氏の仕事ぶりを見てもわかるように、まず自分がこうしたい、と言う情熱があって、その情熱が人間や人間社会の本質に根ざしていて、しかもそれを表現しきった時、最高の作品が生まれます。
そしてそれが出来るのが芸術、職人分野の天才といえます。

宮崎監督はティーンの女性を描くのが得意ですが、一説によると一日中階段を上り下りする女性のスカートを眺めていた事もあるそうです。

これは一歩間違えれば変人ですが、その情熱がナウシカがメーヴェで砂漠に舞い降りる時の服の表現となり、さらにはそれが彼女の個性をそのワンカットだけで表現しきる、という奇跡的な演出が可能になるのです。
全体としてもそういう情熱が積み重なってリアルとフィクションの間であのような素晴らしい作品が出来るのだろうと思います。

芸術の場合は時代と合わないと商業的には失敗しまう事もあるのですが、本当に良いものなら残した作品は後世になって評価されることも多いですよね。
ですから芸術面での天才の仕事というものは、先ずは表現したい何か、が強烈にあって、それがきっかけで始まるのだと思います。

天才 Peter Ganstererの仕事

さて、前置きが長くなりましたが、Peter Gansterer(ピーター ガンシュテラー)氏は母親の影響で幼少時からクラシック音楽を聴いて育ち、修学旅行で聞いたウィーンフィルの生演奏をウィーンフィルの本拠地であるムジークフェラインザール(楽友協会ホール)で聴いた時の感動と、自宅のスピーカーのから出てくる演奏の違いに驚いたのがきっかけでスピーカー製作を始め、自宅のスピーカーを改造したりしながら大学で哲学・音響工学を学ばれてVienna Acoustics社を設立されたそうです。

ウィーン学友協会会館
ウィーン学友協会会館 Wikipediaより転載 CC-BY-SA-4.0 による

そして彼の思想は一貫して生のホールで聴いた時の音響、そしてそれを超えた、つまるところ学生時代に聴いた生演奏の感動を自ら設計したスピーカーで表現することのようです。

私はお店で勧められてこのVienna Acoustics社の製品の音を聴いた時、一聴して音の作りが他のスピーカーメーカーとは違うということはわかりました。

それは運動科学の言葉で言うと、まさに本質力の違いです。Vienna Acousticsのスピーカーは圧倒的に本質力が優れているのです。

「本質力」について知りたい方は・・・

ただ家電量販店では(周りがうるさくて)試聴に限界があったので、勧めてくれた販売員さんに相談したところ、「然るべきお店で、ちゃんとした環境で視聴した方が良いでしょう」とアドバイスをいただきました。
その方は輸入元のNASPEC社から出向していた人だったので、こういうアドバイスも可能になったのでしょうね。

で、私は然るべきお店で視聴の予約をして、Vienna Acoustics社のスピーカーを3種類試聴したのですが、改めてこのスピーカーを作った人は本当の天才だ!と思ったのです。

最初にかけてもらった音楽は、いつも愛聴しているアンドラーシュ・シフが演奏しているベートーヴェンのピアノソナタ12番だったのですが、私は生で彼の演奏を聴いたことがないにも関わらず、目を閉じるとまさに良いホールの良い席から聴いているように、彼が演奏している光景が瞼に浮かんできたのです。

「自宅で生演奏を良いホールで聴いている様に聴く事ができる再生装置」

というものは少し考えれば、誰でも思い付きます。しかし、そんな事は実際にできることではありません。

「スカートをはいた元気な女の子が軽やかに階段を駆け降りる」
もしくは
「お腹がすいたおっさんが美味しそうにご飯にがっつく」

という動画を描こうと思っても誰も宮崎監督のように描けないのと同じ事です。

実はそのスピーカーを作った人物がPeter Ganstererという人だと知ったのはその後の事です。一体こう言う発想を具体的に技術に落とし込んで商品にできるというところまでやり切る人物というのは、どういう人なのだろうと思い、調べてみて初めて先に述べた彼の背景を知ったのです。

さて、結局のところ表現の天才と言う人たちは発想そのものが桁外れの場合もありますが、できそうで実際には絶対に出来ないようなことを実現してしまう人とも言えます。

ルネサンスの超絶的な天才、ミケランジェロにしてもあれだけの作品を実際に作ってしまう凄さというところが桁外れなのであって、むしろクライアントの方が製作の困難さがわからないだけに、巨大な大理石でダビデ像を作ってほしいとかは考えるかもしれません。彫刻家はあのダビデ像を彫る事がいかに困難な事かはわかってしまうので、切り出された巨大な大理石を目にするだけでほとんどの彫刻家が逃げ出してしまったというのは有名な話です。

ですから、Gansterer氏が感じたような「ムジークフェラインザールの音響を再生する」、という事は誰でも思いつくのですが、実際にはコンサートホールで聴いているような音響というのは自宅で味わうことは不可能です。

もう少し詳しく彼の作品について説明すると、彼のスピーカーはホールが大きくても小さくてもその音場を再現してしまいます。つまり、箱が大きく響きが豊かなホールではそういう音響を、小さいホールや、自宅で録ったような音響はそのような音で場の空気をしっかり再生(もちろんその場の空気まで信号として録音されていればですが)します。

スピーカーという装置は増幅された信号を実際に音に変える機械です。ですから、元々入っている信号をいかに細やかに再現できるか、というところが出来不出来にかかわってくるのですが、実際のところ音の信号というものは楽器ごとに個性もありますし、コンサートホールとライブハウスは音響が全く違うので、その両方を再生し切るのは機械にはほぼ不可能です。しかし、彼のスピーカーは教会やクラシックのコンサートホールの再生に関してはほぼ他の追随を許さず、ロックやジャズでも音場という意味ではスタジオの雰囲気まできっちり再生してしまいます。

ですから、彼の思想はウィーンフィルハーモニーの本拠地であるムジークフェラインザールの音響を再現する、というところから始まったのですが、結局のところ音源に入っている暗騒音も含む空間そのものの雰囲気、さらには演奏家の魂にいたるまでを表現するには具体的にどうすれば良いか、という技術に落とし込まれているのです。
その技術に関しては私には専門知識がないので正直サイトの説明を読んでも詳しいことはよくわかりませんし、オーディオマニアでもないので興味がありません。

ですが、それができる事がいかに困難で、いかに意味がある事かはわかります。

単純にムジークフェラインザールの音場を再現するというのならば、無理矢理そのようなリバーブをかければ済む事です。

ある日本のオーディオケーブルメーカーで、音そのものは良いのですが、そのケーブルを使うと、装置全体がそのメーカーの嗜好する音になってしまうという商品が存在します。
これはその技術はある意味凄いとしても、根本の表現したい対象が自分の趣味であって、その趣味に合致する人でないと受け入れ難いですし、ミケランジェロやGansterer氏のような、人間の根源的な感動を伝えるという、人類普遍のレベルには到達していません。

それはある意味カレー味やいちご味のパウダーみたいなもので、それをかけたらなんでもカレーやイチゴになってしまってはいくら美味しくても楽しみがありませんよね。

私は自分自身は大した取り柄のない普通の中年ですが、ミケランジェロやGansterer氏のような天才の仕事に触れることが大好きな人間です。
そういう仕事をみると、人間のチャレンジ精神やそれが具体的に作品へと昇華するまでの真摯な思いが伝わってきて心が洗われる気分になります。
運動科学は映画や彫刻やスピーカー製作などといった、人間の活動の具体的な部分を取り去った時に現れる、人間の本質的な力を学ぶ方法です。
私が高度運動科学のトレーニングを続けているのも、自分の上達という面ももちろんなのですが、そういう仕事に触れた時に正当な評価ができるようになりたいという気持ちが強いからかもしれません。

そのほうが人生が豊かになると思いませんか?

私は達人調整を行うときは常に身体がリラックスするような曲をBGMとして流していますが、音楽はPeter Gansterer氏の設計したVienna Acousticsのスピーカー「Beethoven Baby Grand Reference」で鳴らしています。

スピーカーの写真
ヴィエナ アコースティクス社の「Beetoven Baby Grand Reference」

調整の邪魔にならない場合はBGMのリクエストも受け付けますので、達人調整にいらした時は是非ご相談ください。

※当記事の写真の一部はVienna Acoustics社の許可を得て転載しております

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