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藤井聡太さんの「目」

みなさんこんにちは。先日面白いものを見てしまった(笑)ので、体験を共有出来ればと思いiPadに向かっております。

それは将棋の藤井聡太さんの「目」の話です。

将棋のABEMAトーナメントといって、非公式戦なのですが毎週土曜日夜のネットでの放送と、持ち時間が大変短い事によるスリリングな展開によって、将棋ファンの間では人気の棋戦での話です。
先月まで地域対抗戦という形で団体戦をしていたのですが、簡単にいうと出身地別でプロ同士チームを組んで先に5勝したチームが勝ち、というルールです。
私が見た対戦は中部地方出身のチームと関東地方出身のチームの対戦だったのですが、中部地方チームには令和の大天才、現在8冠王の藤井聡太さんがおられ、対する関東のチームには平成の大天才羽生善治さんがおられたので、両方のファンとしてはちょっと観てみようかなということだったのですね。

このサイトはゆる体操・達人調整をはじめとした運動科学の話題を扱うサイトですので、長々と将棋の話をしたいわけではありません。

というよりも、現在将棋は全く指さず、観戦主体のファン(将棋をあまり指さない観戦中心のファンのことを「観る将」といいます。対して実際に将棋を実際に指すファンは「指す将」といわれる)としては語る知識も言葉もない訳ですが・・・。

この棋戦は、対戦していない棋士はお互いの控え室でモニターを見ながら形勢判断や雑談などしながらワイワイやっていて、それを随時編集して放送している訳ですね。

公式戦ではない(もちろん対局料はでますが)ので、普段の棋士同士の何気ない会話が出たりして、そこが「観る将」としては楽しいところでもあるのですね。

さて、本題に入りましょう。

中部チームの中で、確か藤井聡太さんの師匠にあたる杉本昌隆8段が話題を振ったのだと記憶していますが、誰かが現在対局中の盤面について形勢を藤井さんに求めたのですね。
それに対して藤井さんは超早口でスラスラっと10手先ぐらいまでの流れを、しかも数種類のパターンを澱み無く一瞬で披露されるのです。
すると、その場が一瞬沈黙状態になる訳です。なぜならば選抜されるほどの歴戦のプロ棋士達が、藤井さんが一瞬何をいっているかわからなくなっているからなんですね。

普通プロ同士ならばこの盤面ならば候補手はこれこれで・・・という感じでざっくりとした手の流れは一瞬で読めるものなので、ある種の共通認識というか、それを実際にやっていったらどうなるかというレベルで検討する訳です。

しかし藤井さんの場合あまりにも先まで読みすぎていて、しかも途中の変化も一瞬で披露してしまうので、プロといえど一瞬思考がついていかないのです。
しかも超早口で澱みなく喋るので余計わからなくなる。

その一瞬の間が見ていて我々観戦者には(大変失礼ながら)ちょっと可笑しい訳です。

後で知ったのですが、藤井さんが高速で読み筋を披露するという場面はSNSではよく知られていて、出た瞬間書き込みが盛り上がるらしいです。
さて、私はこの時

「プロ同士なのになんでこんな差があるんだ?」

と一瞬真面目に考えた訳です。

藤井さんが強いから、では先に進めない。運動科学的な件から見て自分にわかることはないか?と藤井さんと他のプロ棋士たちを見てみると、すぐにわかった事が一つありました。

そうです。藤井聡太さんはモニターを「見」ずに「観ている」のです。おなじ「見る」と「観る」でも「見る」はしっかりと焦点を合わせてみる感じ、「観る」は眺める、または少し言葉は悪いですが表情が「ボーっ」として遠くを見ている感じでしょうか

詳しくお話ししましょう。
普通の人は自分の前にモニターがあるとそこに焦点を合わせます。
実はこの時モニターの盤面をジッと「見て」しまうと眼筋や首筋の筋肉が緊張してしまい、脳疲労や眼精疲労の原因となってしまいます。

かなり前にハイアマチュアの方と将棋のプロ棋士が、ある盤面を読んでいる時に脳波を測定する、という実験がされたことがありました。
そこで分かったことは基本的にプロとアマチュアでは思考している時の脳の使い方が全く違うということでした。
これはプロの中での強い弱いにあまり関係なく、アマチュアとプロでは思考中に脳の使う部分が違っているという結果だったと思います。
もしかしたらこの結果は「観る」と「見る」の差が関係しているのかもしれません。

このように基本的に思考する時の脳の使い方が全く違うプロの中でも、藤井さんは他の棋士に比べて圧倒的に「見て」いない、というか集中すればするほど、側から見れば全然前を見ていないように見える時すらあります。

伝統武術の世界では相手を凝視する事を「見の目」といって厳しく戒めている歴史があります。

これは運動科学の言葉で言うと「焦点視」と言いますが、この見方はどうしても緊張性意識集中になってしまい、周りが見えなくなるばかりか、認識が狭くなってしまいます。

それに対して全体を観ながら目の前の者も見えている状態を「観の目」といって、単に物を見るという行為以上に、人間の認識がフリーになる事で全体が見渡せるようになるということで、どこから敵が来るかわからない昔の戦場などでは大変重要なこととして教えられていたのでした。ちなみに運動科学の用語ではこれを「非焦点視」といいます。

さて、私が何が言いたいのかというと、藤井聡太さんはこの「観の目」がもっともできているプロ棋士ではないか、と思ったのです。

読み筋を披露する時にしても、何か壊れたテープレコーダー(古いですけど)が自動的に喋っているようにしか聞こえない時があります。

そう思って他の棋士を見渡してみると、やはり藤井さんよりはモニターを「見て」しまっているように私には見えたのでした。

この差は特に長い持ち時間の対局で、具体的な差になって現れてくると私は思いました。実際に互いに8時間以上といった長い持ち時間の対局では、最終的に相手のプロが間違えてしまって、藤井さんに敗れるという展開は何度もありましたし、観戦記者やプロによる観戦記でも間違えた方が「かなり疲労してしまっていたのではないか?」という指摘はいくらでもあります。

藤井聡太さんはトッププロの中でも圧倒的な読みの量と正確さで群を抜いた存在として知られていますが、AIの出現によってトッププロ同士の対戦では良い手を指した回数が多い方が勝ちになるのではなく、間違えた回数が多い方が負けになる、ということがはっきりしてきました。
これはわかりやすいように単純にAIの分析のみを指標にして考えてみると、タイトル戦レベルの対局では明らかに評価値に差がつくような疑問手を指してしまう回数は二人合わせて数回程度しかない場合もあります。

逆に言うと現在のタイトル戦では明らかに間違えたと言える手を指してしまうと形勢に大きく差が出来てしまいますから、特に藤井聡太さんが好調のときには、対戦者は1回でも間違えてしまうと少なくとも藤井さんが間違えるまで最善手を指し続けないといけないという展開になります。

しかし一旦藤井さんが「優勢」になると相手がひっくり返すことは大変難しい、ということがわかってきています。

すでに人間より強いAIはその時々の盤面の評価を、「互角」「優勢」「勝勢」で評価しますが、そのAIが一旦「藤井さん優勢」の判断を下すと、その後の勝率(あくまで経過を考えない単純な統計のようですが)は90%以上という分析もあるほどです。
それぐらい藤井さんはAI視点でも中々間違えないのです!

長時間の対局では藤井さんの対戦相手はこの緊張感と疲労に耐え続けないといけません。

この時盤面を「見ている」割合が強いと、最終的に強い脳疲労を起こしてしまって、側で見ていると「え?この人がここでこんな間違いを?」というような普段はありえないような間違いを犯してしまうのです。

私は藤井聡太さんの強さはもちろん圧倒的な将棋の具体力もありますが、具体力自体がゆるみきった事による本質力に支えられたものである事もその時改めて認識出来たのでした。

ちなみに相手チームも含めたその時参加していた棋士のなかで次にゆるんでいると思ったのはやはり羽生善治さんでした。

彼はなんと観戦中に頬杖をついていましたからね!

頬杖という動作は首をゆるめるのに大変効果的で、脳疲労をとる効果も高いのですが、50代の男性が誰にも教えられる事なく、衆知の環境で頬杖をつくなどということはまずありえません。

将棋のプロの世界では、大体40歳を超えると力が衰えはじめるといわれますが、いまだトップに居続ける彼の強さは間違いなく本質力に支えられたものと思います。

近年「観る将」が増えた原因として、インターネット放送が増えたことと、藤井聡太さんのようなスーパースターが現れたこと、等が言われていますが、なにより、本当のトップの人間の対局姿から観戦者が本質力を潜在的に見取っているからだと思っています。
藤井さんや羽生さんだけでなく対局姿が魅力的な棋士はたくさんいます。
それが野球やサッカーと同じようにファンを呼び込んでいるのでしょう。
私は20代の頃は全くルールがわからないのに囲碁の対局をよくTV観戦していました。ですからいまの風潮はよく理解できます。


本当に優秀な人がその実力通りに評価される、衆知される世界というのはいいものです。
逆に本質力のトレーニングをしていると、自分が詳しくない分野の事でも本質力という視点からある程度の評価ができるようになってくるので楽しいですよね。
とはいっても自分がどの程度理解出来ているかは定かではありませんが・・・(笑)

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