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知識・認識・身体意識

ベテラン向け記事

みなさんこんにちは。さて、前回の私のブログ記事では全てのことに上達があるという話をしました。

ではゆる体操やゆるトレをやっていると誰でもどこまでもどんな事でも上達できるのでしょうか?

結論から言うと上達はできます。しかし、どこまでも際限なく上達したいと思えば、それは結局のところどれだけその体操やメソッドを深く理解して実践できているか、言い換えるとどれだけその方法に習熟しているか、というところにつきます。

その段階を運動科学では、知識・認識・身体意識という3つの言葉で捉えています。

今日はその「知識・認識・身体意識」ということについてお話ししてみたいと思います。

知識

知識という言葉について調べてみましょう。web広辞苑では

  • ①ある事項について知っていること。また、その内容。「豊富な―」
  • ②〔仏〕
  •  ㋐物事の正邪などを判別する心のはたらき。
  •  ㋑正しく教え導いてくれる指導者。高僧。善知識。
  •  ㋒寄進すること。また、その人たち。
  • ③〔哲〕(knowledge イギリス・Wissen ドイツ)知られている内容。認識によって得られた成果。厳密な意味では、原理的・統一的に組織づけられ、客観的妥当性を要求し得る命題の体系。伝統的に信念(ドクサ)と区別され、「正当化された真なる信念」と定義される。
  • ④知己。しりあい。
  • ⑤ものしり。

とあります。普通には使わない意味も出てきますが、ここで話題になっている知識とはまず①の意味でしょう。

ゆる体操・ゆるトレでいうと、例えば

「肩ユッタリ回し体操という体操を知っています」

というのは「知識」ですね。

裏転子というのは太腿の裏側からお尻かけてにできるベルト状の身体意識です」

というのも「知識」です。

何事も知らないと始まりませんから、まずは「肩ユッタリ回し体操」や「裏転子」というものを知ることで、その対象に対するアプローチが始まります。

例えばサッカーで突破力を身につけたい、とか、デスクワークでいつも肩が凝っているので肩こりを取りたい、などの目的があって何かないかな?ということで調べてみると、裏転子というワードや肩ユッタリ回し体操というワードが出てきたとします。

なるほど、ここにこういう意識があれば突破力が身につくのか、この体操をやれば肩コリが取れるのか・・・、ということが「知識」ですよね。

しかし、運動科学は実践の体系です。運動科学は自分の体をゆるめて快適になるということ、そして人間本来の能力を引き出すこと、さらに言えば、人間本来の能力を解明することが目的です。

ただ知っているだけでは何も変わりません。

裏転子を知っているだけでは使えるようにはなりませんし、肩ユッタリ回し体操を知っていてもやらなければ肩コリは取れません。
(実を言うと知っているだけでも僅かながらの効果はあると思いますが、普通は100点中1〜3点程度の効果と思われるので、今回はそれは数に数えないでおきます)

ですからまずはやらなければ意味がありません。

何事も知らなければ始まりません。ですから知識は必要です。ですがもう一度言いますが、知識だけがあっても実は自分は何も変わりません。

認識

認識の意味を同じくweb広辞苑で調べてみましょう

  • ①〔哲〕(cognition イギリス・Erkenntnis ドイツ)人間が物事を知る働きおよびその内容。知識とほぼ同じ意味。知識が主として知りえた成果を指すのに対して、認識は知る作用および成果の両者を指すことが多い。
  • ②物事を見定め、その意味を理解すること。「時局を―する」「―が足りない」

今話題にしている内容で、当てはまるのは②の方ですね。①は哲学用語ですからこれに対応する意味では「知識」は③に当たります。

物事を見定め、その意味を理解すること 

が認識ということです。これを運動科学の視点で考えてみましょう。

例えば先程の「裏転子」ですが、「裏転子」を「認識」するということはどういうことでしょうか?

そのまま辞書の意味に当てはめてみましょう。

「裏転子」を認識するとは

「裏転子」を見定め、その意味を理解すること

となります。

さて、「裏転子」とは「腿裏の上半分からお尻の下半分にかけてに存在するベルト状の身体意識」でした。

それを見定めその意味を理解するとは、裏転子とは身体意識ですから、内容を少し補足すると、

裏転子(が身体と精神の中間領域に存在する身体意識)としての機能(前方推進力等)を、自分の身体と脳(精神)を通じて理解すること

に他なりません。

言い換えると、

なぜそこにその形状の身体意識ができると、前方推進力が増すのか?ということを自分の体でも解り、脳を通じても理解するということです。

知識と違うところはただ知っているだけでなく、「脳と体が理解する」というところでしょう。

これが身体意識である「裏転子」を認識するということだと私は思います。

つまり、裏転子の存在と効果を体感し、それが本当にそうであるのだなぁ、としみじみ感じ入って初めて「認識した」ということなのだと思います。

そう考えてみると日本語の表現には

体で理解する

という言葉がありますよね。人間に体があり、医学的にも最近言われているように、脳とさまざまな体の部位が相関関係を持っている以上、脳だけで物事を捉えることはそもそも人間には不可能と考えるのが自然なのではないでしょうか。

確かに人間の脳は、他の器官に対して圧倒的な支配力を持っているようにも思えますが、逆に体が脳を納得させるほどの説得力を持って初めて本当の意味での認識になるのだと私は思います。
簡単に例えると、お腹がものすごく空いた時は空腹感によって行動がコントロールされてしまう時がありますよね。これはマイナス面での相関性ですが、非常に清々しい気候の場所にいるときなどは当然精神状態もそれに影響されるものです。

このように人間の脳と身体は非常に複雑な相関関係を持っているであろう事が言える訳ですが、これは例えば「肩ユッタリ回し体操」でも全く同じことで、「肩ユッタリ回し体操」がどういう効果があって、なぜそのようなデザインになっているかを自分の体を通じて理解し、理解した体が脳を納得させるほどの効果を持って初めて、「認識した」と言えるのだと思います。

「裏転子」でも同じことです。裏転子関連のトレーニングを続けていると、

「ああ~、「裏転子」はここにこういう形であるからこういう効果を生むのか。なるほど〜」

と思うことがあります。

なぜ太腿の上半分からお尻の下半分でないといけないのか、それがそのような必然性を持っているから、そういう効果を生むのだ、ということが(自分なりであったとしても)よくわかる時があるのです。

もちろん精度には上限はありませんから、それ以上という段階はあるのですが、運動科学のトレーニングを続けていると、単なる知識を超えた段階が必ずやってきます。

そうなると、それは自分に必要なものであると解るので、進んでやるようになるのです。

しかし、結局のところ、身体意識でなくとも、運動科学の用語の意味での「認識する」という段階はさまざまなことに当てはまるのだと思います。

学校の勉強でも仕事でも、単なる知識でいる間は辛いし楽しくありませんが、自分がやっていることの意味が解るようになると、対象の構造がよく解るので、勉強だと効率良く学べるようになったり、仕事ならば段取りがスムースに行くようになり、楽しさが増します。これは運動科学の用語で言う認識の段階に至った状態と言えるのでしょう。

そして、最初の話題に戻ると、持続的な上達を目指すならば、少なくともこの認識の段階に至らないと上達はできません。

身体意識

さて、最後の「身体意識」ですが、これは言い換えると「身体意識化」ということだと思います。

単なる知識が認識となり、さらにトレーニングを続けていると、それが潜在意識下に身についてきて、理想的には自動的にしかも常時効果が発動するようになります。

そうなって初めて「身に付いた」と言えるのですが、「裏転子」で言うと、

特に意識もしていないのに、常に裏転子がある状態

ですね。

こうなって初めて、身についた裏転子が有益に使える、と言う段階になります。

身体意識はメンタル面と運動面に影響を与えますから、メンタル面で言うと、例えば誰もやりたくないような難しい仕事を、別に嫌がることもなく、なんの躊躇もなくスッスッとやってしまうという感じです。

運動面で言えば、今から徒歩で10キロ(本当は100キロでも)先まで行かなくてはならなくなった時に、なんの躊躇もなくうんざりすることもなく、さっさと歩いていける、といった感じでしょうか?

結局はこの身体意識化の段階にならないと、具体力とも本当の意味では結びつきませんし、大した役に立たないという事です。

但し裏転子のように、本質力でも強い弱いは当然ありますので、現実的には認識の状態から少しずつ身体意識化する過程で、アナログ的に少しずつ具体力と結びついてきて、効果を生んで行くのだと思います。

肩ユッタリ回し体操でも同じ事です。

肩ユッタリ回し体操で上半身が深いところまでゆるんでくると、呼吸も深くなり、全てのことに余裕が生まれます。

え?肩こりをとる体操じゃなかったっけ?

という方もおられるかもしれませんが、本来肩ユッタリ回し体操とはそういうものです。

また腕を使う動作が速く正確で疲れにくくなるので、作業労働や運動をしている人は、それが具体的な作業と結び付いてきて、以前なら絶対にできなかったレベルで仕事や運動ができるようになるのです。

現代人は知識の段階で留まっている

さて、今回なぜこのような話をさせていただいたのかというと、私は現代、特に現代日本のこの混乱状態を憂いているからです。

現在はSNS等で誰でも意見を発信できるようになりましたが、私はそのほとんどが知識(もっと言えば、知識以前の単なる「情報」)の段階で、さらには自分の中で消化もせずにそれを横流ししているだけのような状況と思っています。

そもそもtwitterなどは、ソーシャルメディアとしての構造が情報を横流ししやすいようになっているので、twitterをヘビーに使っていると、その人の頭の中も次第にそのような構造になってきます。

確かに知識がないと認識もできないので、今の世の中が悪いとは決して思わない(むしろ一部の特権階級だけが知識を独占していた時代よりはよっぽど良いと思っています)のですが、あまりにも情報が乱立する中で、それを取捨選択する能力は、結局のところそれを(運動科学の意味で)認識できるかどうか、ということにかかっていると思います。

そしてそれは現代社会のシステムでは、身体意識のトレーニング、ゆる体操やゆるトレをすることが最も効率よく身につける方法だと私は考えています。

なぜなら例えば近年のコロナ禍において、専門家の間でも意見が分かれるような状況で、一般人がどの情報を正しい、または自分にとって有用とするかにおいては、その情報を発信している人間が単なる知識でなく、少なくとも認識の状態に至っているかということしか判断材料がないからです。

昔のように、自分が知らないことは知らないでよかった世の中なら、自分のコミュニティの間でほとんどのことが済んでしまい、ある意味、その中で自分が経験を積むことで本質力を養い、対象を認識化させるような能力も育ちやすかったと思います。

しかし現代では、自分の所属するコミュニティの中でそのような経験をじっくりと積む前に、自動的に多様な情報に晒されてしまいます。

このことをわかりやすく例えてみましょう。

歳をとって体が固まってしまい、色々なところに痛みや不自由が出ている方がいるとします。

その方の症状にもよりますが、体が固まってしまって出ているさまざまな症状に関しては、体をゆるめるのが一番の対策と言えます。

こういう方がインターネットで自分の症状について検索したとしましょう。

しかしインターネットで検索しても、出てくる情報はその人にとって有益かどうかというよりも、まずは(例えばgoogleに)お金を払って宣伝を載せているかどうか、その次はたくさん見られているかという部分で検索上位になるかどうか決まってしまいます。

こういう場合は人気の商品などの検索であると、ほぼ期待に沿った結果になりますが、より専門的な見解が必要な場合は必ずしも正しい情報が上位に登ってくるとは限りません。
こういう時、結局何が自分にとって最適なのかは、情報の羅列・単純な知識の蓄積では解決することはできないのです。
ですので多様な情報にさらされることは、ある程度物の本質を見抜く能力がないと害になってしまうということがあるのです。

例えば筋筋膜性腰痛症の場合は腰をゆるめることが一番の対策になります(医学ではまだこのような”認識”には至っていませんが、少なくとも運動科学の範囲ではこれは正しいことです)が、筋筋膜性腰痛症の関連ワードで検索してもゆる体操が上位には登ってきません。

そうなるとそもそも社会全体が筋筋膜性腰痛症には腰をゆるめることがベストであるという認識に至らないので、運よく体をゆるめることが良い、というサイトを見てもそれが正しいことだという認識に至りません。

実は私たちがゆるポータル神戸のYouTube動画を始めた理由の一つとして、ゆる体操で動画を検索したときに間違った認識でのゆる体操が、一般の何も知らない方々の検索に上がってしまうような状況を改善するためでもありました。
そしてそれは2022年10月現在でほぼ改善されたと思っています。

知識を正しく使うには・・・

結局のところ、いくら世の中に情報が氾濫していても、情報というものは単に情報でしかなく、それを取り込んで初めて知識となり、その内容を見定め、理解することがないと認識の段階に至りませんから、多様な情報でも単に情報として持っているだけでは、それはスマホやPCに保存していてほったからしのまま、容量を圧迫しているジャンクデータと対して差はありません。

要するにたくさんの知識を有用なものとして活かすには認識の段階に至ることが必要なのです。

ましてや、初めて見た内容のものが正しいかどうかを「認識」するには「認識」より上位の概念である「身体意識」の助けがどうしても必要となってきます。

つまりそこに書いてある内容が、正しい認識に支えられたものであるかどうかを判断する能力は認識を超えた自分の身体意識=本質力のレベルにかかっているのです。

相手がどの段階にいるのか

これはなかなか難しいことですが、文章や作品それぞれの具体的な現象を超えた身体意識(=本質力)のレベルで、少なくとも観ようとする努力が必要だと思いますし、身体意識というものが解明されていなかった時代においても、そもそも優れた身体意識を持っている人物は、自分の専門分野で”身体意識に支えられた自分の認識”を表現しようとするものです。

私は以前ルキノ・ビスコンティの映画を見た時、ビスコンティは人間に通る軸(=センター)のうち、あるタイプのものを彼の内では感じていて、それをあるシーンの構図や俳優の演技に象徴的に使っていると感じたことがありました。

もちろん私にビスコンティの身体意識が見えるわけではありません。そのような能力は私にはありません。

おそらくビスコンティにもセンターや身体意識という知識はなかったでしょうし、そういうものがあるという認識もなかったでしょう。しかし、言葉や理論を知らなくても、彼は映画という具体的な表現技法の中で、自分の中にある身体意識としてのセンターを映画技法のある種の表現として伝えようとしたのでしょう。

私は映画の語法には疎いですが、少なくとも自分の中ではそれを画面から感じたのです。

昔は、自分の専門や得意分野をじっくりと磨くことである程度の本質力が身につき、それを他に活かすこともできたかもしれません。しかし現代は一つのことを醸成する前に次の情報が次々と流れ込んでくるので、個人にそんな時間は与えられていません。

もちろん情報があるということは悪いことではありません。しかし、その情報が有益かどうかを判断する能力が現代は以前より、より重要になってきているのです。

ある情報を提供する側の人間でも、特に良い身体意識を持っている人は自分が習熟した分野においては必ず正しい認識を持っているものです。

となると、コロナ禍のように全く知らない分野の情報を自分が判断しないといけないような状況になった時、もう直接本質力をトレーニングによって身につけ、相手の本質力を見抜くことで、その情報を信頼するかどうかを判断するしかないのではないでしょうか?

これは難しいことかもしれませんが決して不可能ではないと私は考えます。

ちなみに私はこのサイトでブログを書くとき、少なくとも自分では認識の段階にある(と思っている)ことを書くようにしています。

さもないとどうしても上辺だけの文章となってしまい、説得力を持たないからです。

ある事柄について文章を書くとき、理想を言えば認識を超えたその先の身体意識の段階に少しでも入っていれば良いのですが、流石にそれは自分では判断が難しいです。

しかし、特にここはブログのコーナーですので、これからゆる体操やその他の運動科学のメソッドを自分のために役立てたいと思う方々のために、認識の段階と思えるものを皆さんにご紹介することは意味のあることと考えて、自分の体験を文章にしています。

このサイトで語られる内容が少しでも皆さんのお役に立てればと思っています。

「本質力」について知りたい方は・・・

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