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私が20年間ゆる体操・ゆるトレを続けてこられた理由

皆さんこんにちは。
前回の私のコラム『BOOK CLUB YURU3』では高岡英夫先生の新刊『背骨が通れば、パフォーマンスは上がる!』をご紹介させていただきました。
その中で「運動進化論」が最初に発表されてから20年近く経ってようやく背骨の具体的なトレーニング方法が一般に公開されたという話をしました。

その時私はコラムを書きながら改めて思ったのです。
「そういえば、自分は20年ゆる体操・ゆるトレを続けてきたんだなぁ。我ながらよく続いたもんだ・・・。」
そしてこうも思いました。
「なんで20年続けてこられたのかなぁ。」
はい、そういうことで、どうして20年続けてこられたのか考えてみました。

まず結論から申し上げます
なぜ20年間やり続けられたのか?
結局のところ

  • 楽しいから
  • 快適だから
  • 成長と上達がある

この3つに尽きると思います。
ひとつひとつご説明したいと思います。

楽しいから

私は体を動かすことが好きなので、ゆる体操・ゆるトレはやっていて楽しく感じます。
これは大きな原動力になります。楽しくないものを20年間自主的に続けるのはおそらく人間には不可能でしょう。

いわゆる「モチベーション」という言葉にも中身があります。
単に「モチベーションが高い」と言ってもその内容は重要です。
スポーツでも仕事でも勉強でも自分が自主的にやり続けるには、やり続けられる理由というものが絶対に必要で、これは他人が教えられるものではありません。
仮に他人から教えられたとしても所詮それは押し付けにしか過ぎないので、結局のところ他人にさせられる、半ば義務としてやっているものは自主的とは言いません。
いわゆる外的要因は真のモチベーションにはなりづらいと思います。
そういう意味では「成績・業績をあげる、お金を儲ける」という目標も外的要因の要素が大きいので自主的に長時間続けるためのモチベーションにはなりづらいですね(もちろんお金を儲けること自体が楽しい場合は別ですが)。
「成績・業績をあげる、お金を儲ける」というのは確かに短期的なモチベーションにはなり得ますが、人間には好不調の波が必ずありますから、成績が下がったり業績が下がったときにそれをやり続けるためのモチベーションが保てなくなってしまいます。
また、あまり世間では言われていないことですが、その分野の才能があってもその分野が好きかどうかは全く別問題です。
たとえその分野のトップの人でもそれは同じで、もし名誉や収入のために続けていた場合、むしろ頂点を極めたときにモチベーションが感じられなくなり、スランプに陥ってしまうという話は時々聞くことです。
名誉や収入というのは突き詰めれば生活のためと言えます。生活のためというのは半ば義務ですから、続けていても楽しいものでは無くなってしまいます。
結局のところ自分が楽しいと感じることでないと長期間自主的に続けるのは無理なんだと思います。

しかし、どんなに楽しいことでも続けるには色々楽しくないこともついてくるのが普通です。また楽しくても飽きてしまうことはありますね。
卑近なことで恐縮ですが、私はゲームの「マリオブラザーズ」シリーズが好きで、結構はまってやってしまいます。
当然やっていて「楽しく」感じるのでやるのですが流石に同じナンバーを20年やり続けることは無理です(笑)
長くやったとしても2か月ぐらいでしょうか・・・。
では私が20年間ゆるトレに飽きなかったのはなぜでしょうか?

快適だから

仮にやっていて楽しいと思えることでも体にとってきついことならどうでしょうか?
スポーツなどは典型的な例で、競技スポーツの場合、成績を上げるには厳しいトレーニングが必要です。
スポーツは基本的に体に負荷をかけるものです。ですから年齢がかさむにつれて以前のようには続けられなくなってしまいます。
結果的にそれがモチベーションの低下につながっていきます。
競技としてスポーツに取り組んでいる場合、引退するとほとんどの人は趣味でもプレーをしなくなります。その後なんらかの形で競技に関わっていくとしても、コーチになる場合が多いですね。
それはやはり、ある程度以上のパフォーマンスを出そうと思うと心身の管理が非常にシビアなレベルで必要になってくるので、結局のところそれがつらくなり、楽しくなくなってしまうというのが原因の一つだと思うのです。
プロはどうしても自分の過去のパフォーマンスと現在の自分を比較してしまうので、自己管理というコストと結果としてのパフォーマンスを比較すると続ける事ができなくなるのでしょうね。
しかし本当にそれをやっていて楽しく、しかも体が辛くないならおそらく引退しても趣味としてやり続けるでしょう。
ごく稀にスポーツ選手でもそういう方はおられます。

ではゆる体操・ゆるトレはどうでしょうか?
ゆる体操・ゆるトレの場合、基本的にやればやるほど快適になるという特徴があります。
ですので快適さを求めてついついやってしまうということがあります。
競技のように疲れてしまうということが起こりにくのですね。

この快適感とモチベーションの関係をもう少し説明しましょう。

野球が好きな少年がいました。
彼は毎日素振り100回することを日課にしました。
その努力が実り部活でもレギュラーになり、高校卒業まで楽しく野球を続けることができました。
大学になって野球をやめましたが、社会人になって草野球のチームに入りました。
さて彼は素振りを一日50回にして久しぶりに再開しましたが、仕事から帰って素振りをするのは体がキツいのでいつの間にかやめてしまいました・・・(笑)
でも今も野球は好きなのでチームで楽しく続けています。

多少脚色していますが(笑)、こういう話ってよくあると思います。

この件を考えてみると、おそらくこの人は野球が好きで、やっていて楽しいのだと思います。仕事との両立も考えて素振りもちゃんと50回にしていますしね。
でもこの人の場合、素振りで体が快適になるということではなかったのでしょうね。もし仕事の疲れが取れるほど素振りという運動自体が快適だったなら、おそらくやめられなくなったでしょう。なぜかというと素振りをすれば疲れが取れるのでおそらく次の日の仕事も快適だからです。
このように好きなことでも体に負荷がかかるものは、体力が衰えてくると長くは続けられないということはよくある話です。
もちろん体力には個人差がありますから何歳までやり続けられるかも個人差があります。
しかし、結局のところ体に負荷をかけるものは自主的に長く続けられることはないでしょう。
ゴルフの帝王と言われたジャック・ニクラスは
「体に絶対に負担をかけてはいけない」
と言っていたそうです。
これは又聞きの又聞きぐらいの話ですが実際にニクラスから学んだ事があるという人が情報源なのでおそらくそうなのでしょう。
どんなに楽しいと思えることでも体に負担がかかることはいつかはできなくなってしまいます。
「負担をかけない」と「快適」は実は同じ方向性で程度が違うだけのものです。「快適」を求めていくと「負担」はかからないようになります。ですから、ニクラスほどの人であれば、おそらく普通の意味の「負担をかけない」ではなくさらにその上の「快適」を求めていたと思われます。
逆にいうと、やっていて楽しいことは本質的に「その行為そのものが快適」と言えるものでないと長続きしない(私にとって「マリオ」は楽しいし、マリオが飛んだり跳ねたりするのも「快適」と言えるかもしれませんが、「画面を見てゲームパッドを押す」という行為そのものはとても「快適」とは言えません(笑)でしょうから、結局のところ何十年というスパンで、しかも自主的にやっていられるものは、「やっていて快適」な部分があるのだと思います。
「やっていて快適」というならゆる体操、ゆるトレですね。
ゆる体操、ゆるトレはそもそも快適なように作られている、というよりも、

「人間の動きで本当に優れたものはそもそも快適感を伴う」もしくは、
「人間の本質にかなった動きは、そもそも気持ちよさを伴う」

というテーゼによって作られていますから、快適に感じるのは当たり前なのです。
というわけで、私も20年間続けられているのはそもそもやっていて楽しい、ということもありますが、それを根本的に下支えしているものは、実は「快適感」だったということが言えると思います。

しかし、快適であっても実はまだ足りないのです。
「好き」で「快適」なだけではまだ弱い。
では20年も続けられるには何が必要でしょうか?

成長と上達がある

ゆる体操・ゆるトレは体操、運動を通じて人間の可能性を開発する方法です。やれば誰でもその効果を感じる事ができます。
この人体に眠っている可能性を体に負担をかけずに開発できるというところが他とは違うゆる体操・ゆるトレの大きな特徴です。

そして人間の体は非常に複雑なシステムです。複雑なのでいくら開発しても開発しきるということがないのです。
ですから20年続けても飽きることがないのです。
ここがゲームなどと決定的に違うところです。いくらよくできたゲームでも、相手が仕掛けているものにすぎないので所詮それは受け身です。いつかはやることがなくなってしまいます。

そして、その可能性とは日常のさまざまなことに現れてきます
例えば単に「ものを取る」という動作にも、良い悪い・快不快という「質」の差があります。
「パソコンのキーを叩く」という動作にも、実は良い悪い・快不快の差があります。
実際に事務作業を長時間されている人の中には手や頸を痛める人が多いのですが、それはその人がパソコンのキーを叩くという動作において、人間の体にとって本質的に良いとはいえない動作を続けているので痛めるのです。
スポーツで故障するのと全く同じですね。スポーツでも事務作業でも、具体的には姿勢が悪かったり、力んでいたりということがそれに当たります。姿勢が悪い、力むということは体にとって矛盾だらけの状態なので、筋肉も脳もさらには内臓にも非常に負担をかけることになります。
しかしスポーツはまだしも、物を取ったり、PCのキーを打つこと自体は社会では評価の対象にならない(PCのキーを打った結果、出来上がったものはもちろん評価の対象になりますが)ので、その動作そのものに良い悪いという質の差があること自体、(ゆる体操・ゆるトレの元になっている運動科学を知らない方にとっては)思いもつかない事だと思います。
ゆる体操・ゆるトレをするとそういう何気ない日常の動作がいつの間にか改善されていきます。
改善されるとどうなるのでしょうか?
結局のところ体が快適になっていきます。疲労が減りその結果、動作に矛盾がなくなります。日常の動作に矛盾がなくなるので脳の負担も減り仕事では色々なアイディアが浮かんだり、時間の使い方が上手くなって余暇を作り出せたりするのです。
同様に、歩くこと、さらには寝ることにも良し悪し・快不快があるのでゆる体操でそれらが改善されると人生の質そのものが大きく改善されるということになります。

このようにゆる体操・ゆるトレを続けていると日常生活のさまざまな動作が自然に改善されて、気がついたら
「あれ?なんか最近色々楽だな」
という感じで、後で気づく事が多いです。
もちろんスポーツでの動きも、わざわざ自分の種目に生かす方法を考えなくても自然に改善されていくことはよくあります。
何かに取り組んでいて成長・上達することが楽しいことと同じで、自分の体がどんどん改善されることは楽しいことです。
そしてゆる体操・ゆるトレではその対象が自分の体なので取り組むことは誰にとっても意味のあることですし、先ほども申し上げたように人間の体は複雑で精巧なシステムなので成長・上達については尽きることがありません。
というよりも私は、人間にとっての本質的な成長・上達とは、このように自分の体に矛盾がなくなり方向で改善され、日々の様々な動作が快適になることだと思っています。
これは以前当サイトのコラムでも申し上げたように「本質力」の成長・上達ということです。
大人になってから本質力が成長・上達するというのは非常に難しいことです。でもゆる体操・ゆるトレなら本質力の成長・上達が可能なのです。

私がゆる体操を20年続けられたのはこの本質力の成長・上達の楽しみという面は大きかったと思います。
しかしはっきり言いますが、これはいわゆる世間の評価とは全く違う次元での話です。
物を取ったり歩いたりといった、人間にとって必要不可欠の動きを改善することにこそ本質的な上達への鍵が隠されているのですが、日常生活のあたり前の動作であるがうえに一般的には評価の対象にすらならなりません。
この「本質力の成長・上達」は、仕事や学校の成績や年収など、世の中で評価される基準とは全く別の話なのです。
ですから以前の自分と比べてより上達しているかどうかが最も大事なのであって、他人より優れているかどうかは自分にとってはあまり問題ではありません。

私は最初は腰痛の改善のためにゆる体操をはじめました。
腰痛の改善という意味ではずいぶん前に目的は達成したかと思われます。
しかし現在では、ゆる体操・ゆるトレをすることそのものが私の人生のモチベーションになっているので、20年間続けられたということなのです。

まとめ

私が20年間ゆる体操・ゆるトレを続けてこられたのは

  • ゆる体操・ゆるトレそのものが楽しい
  • することで常に快適感を得られる
  • 本質的な意味での成長と上達がある

という3つの要素がお互い影響しあって、ゆる体操・ゆるトレへのモチベーションを保ち続けることができたからと言えると思います。

実はゆる体操の場合、この3つの要素はどれが最初でも続けているうちに他の2つの要素も自然とそなわってきます。
私の場合で言うと、最初は腰痛の改善のために始めたゆる体操・ゆるトレですが、やることそのものが楽しく感じられ、それはやることで快適になれるからであり、快適なので続けていると本質力の上達が自然と感じられるようになり、上達が楽しいので・・・と3つの要素がぐるぐる回りだして、気が付いたら20年たっていたということなんですね。

逆に何らかの理由でこの中の一つでも欠けてしまっていたら、どこかでやめてしまっていたのではないかと思います。

自分は以前会社員として仕事をしていました。仕事で評価をもらうことは楽しくもあり、スキルアップ(仕事場での成長と上達)はやりがいも感じられましたが、自分にとって本質的に快適ではありませんでした。
ですので管理職になり、さらに数字もシビアに求めなければならなくなった時、ある意味での限界を感じて辞めました。
いま思えば、感じていた「楽しさ」の中身も結局は他人の評価であって自分から湧き出てくるものではなかったのでしょう。

また若い頃は中国武術をしていました。自分にとって当時でも武術の稽古は楽しく、成長・上達も感じられるものだったのですが、夢中になるあまり体に無理をし過ぎて腰を痛めてしまい、続けることができなくなりました。
成長や上達ができて、それが楽しく感じられたとしても、苦行が続く様ならやはり普通の場合、長続きはしません。

やはり長続きするには楽しく、快適で、上達するものでないと無理なのだと思います。

私にとってゆる体操・ゆるトレはまさにそういうものだったというわけですね。

ゆる体操・ゆるトレが皆さんにとってもそうであれば、と願っています。

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