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ゆる体操には質(=クオリティ)がある
みなさんこんにちは。さて、このサイトをご覧になっておられる方々はいつもゆる体操をされていることと思います。
ゆる体操は体操ですので必ず「動き」があります。当たり前ですよね。
しかしゆる体操が圧倒的に他の体操と違うところは体操の課題として「質」があることです。この「質」とは上手下手の意味ではなく、固い柔らかい、涼しい暖かいといった感覚に近いものです。
今日はゆる体操の「質」と特にトレーニング志向の方々が陥りやすい間違いについてお話ししてみたいと思います。
肩ユッタリ回し体操をやってみる
具体的に体操をやってみましょう。
まずは肩ユッタリ回し体操などいかがでしょうか?
さて、この肩ユッタリ回し体操ですが、その名の通り肩をユッタリ回す体操ですね。
形としては肩を前から後ろへ回す動きです。そして、動きの「質」としては、「ユッタリ」でなくてはいけません。
私のリハビリで体操の指導中によくこんなことがあります。
- 「ぜひユッタリユッタリと言いながらやってくださいね」
- 「わかりました。ゆっくりやるんですね」
- 「いえ、ゆっくりでなくユッタリです」
- 「ああ、ユッタリですね」
といった感じで、何か漫才のようなやり取りですが、擬態語である「ユッタリ」と「ゆっくり」の違いが実はあまりわかっておられない場合が多いようです。
こういう方は次の機会に「じゃあ一度体操をやってみてください」と言ったときに何も言わないでやるか、仮に声に出して体操ができたとしてもかなりの場合で「ゆっくり」と言ってしまうことが多く、しかもこの場合、体操があまり上手になってないことが多いです。なぜでしょうか?
「ユッタリ」と「ゆっくり」の違い?
何も言わない、というのは論外として、「ゆっくり」と言う言葉はスピードが「速いが遅いか」に焦点を置いている言葉だからです。速いよりは良いかもしれませんが、ゆっくりやるだけでゆるむのかと言うと、それだけでは難しいと言えます。
それに対して、ユッタリという言葉はゆっくりという語感も含みますが、それに加えてゆるんだ状態を表現した言葉です(ちなみにゆる体操が上達して、運動能力が上がってくると、動きは速くても実感としてはゆったりしている、という動きも存在します)。
例えば「ゆったりと構える」という言葉には動きの要素はありませんが、この場合の「ゆったり」という言葉は「余裕を持って」という意味を持っています。まさにこれはゆるんだ状態を表しています。
もちろん体を動かす時に「ユッタリ」という言葉を使えばスピードは「ゆっくり」でしょう。しかし「ゆっくり」という言葉には基本的にゆるむ要素は多くは含まれていません。
その証拠に固まっていても「ゆっくり回す」ことは可能ですが、固まっていては「ユッタリ回す」ことは不可能です。
ゆっくり回る羽車はたくさんあるでしょうが、ゆったり回る羽車があればそれはかなり珍しいと言えますよね(笑)
これから考えると、こちらが「ユッタリ」と言っているのに「ゆっくり」と覚えてしまう人は、「ゆっくり」と「ユッタリ」の言葉の意味の違いを普段認識しておられないか、肩を回してもゆるんでいる感覚が感じられていないので「ユッタリ」という言葉が体に入ってこないのだと思います。
ですので自分で「これは要するにゆっくり回せば良いのだ」と頭の中で擬態語を自分なりに解釈し、結果的に別のものにしてしまうのですね。本当は「ユッタリ」という言葉のもつ語感が体に入ってくることによってゆるむのです。ですから他の言葉ではゆるみませんし、何も言わないとそもそも息が詰まってしまって、ゆるむということは難しいでしょう。
実はこの現象は上達論の重要なテーマでもあります。
そもそも「質」や「質感」というものは、なかなか言葉で表現しにくい性質があります。
運動で普通にフォームなどを学習していくときは腕や脚の角度などの「形」や「動き」に注目しますし、それは記号化、言語化しやすいので、指導する側も学ぶ側もどうしてもそちらに目が行きがちです。
しかし形や動きだけを追って、体操としてはなんとなく同じように見えても全然ゆるんでこないということが多々あります。
それどころか、そもそも今までの運動法には「質」の部分の指導が全く抜け落ちていることが多かったのです。
ラジオ体操を例にとっても「質」に当たるリードはほとんどないと言っていいでしょう。
このサイトでは「ゆるむ」ということの重要性について何度もお話しさせていただいていますが、結局のところ運動の「質」を自分の動きとして表現できないと本当にはゆるんでこないのです。
ここのところをもう少し詳しくお話ししてみたいと思います。次の章は少し難しくなるので、「理論を聞くと体が固まるー」(笑)という方は飛ばしてもらっても構いませんよ。
身体意識の3要素
高岡先生の書籍を読み込んでいる人ならば身体意識という言葉をご存知だと思います。
ここでは身体意識そのものについての詳細な説明は避けますが、ご存知ないという方は以下の本をご覧になってください。
※リンクを押すとアマゾンの該当ページに移動します
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身体意識にはストラクチャー・モビリティ・クオリティという3つの要素があります。
ざっくり言うと形・動き・質ということですね。
先ほどからお話ししている体操の「質」というものは、実はこの身体意識におけるクオリティの部分によるのです。
例えば最も重要な身体意識と言われている軸(=センター)は鉛直方向に展在(運動科学の用語で空間に展開しながら存在するという意味)する直線状の身体意識ですが、この、「直線状」というのがストラクチャーです。また移動運動をするときは軸(=センター)もその方向に移動します。これはモビリティです。
また軸(=センター)は重力と密接な関わりがある身体意識なので軸の各点にもそれぞれ上下方向のモビリティがあります。
そしてこれに加えて軸(=センター)には硬い・柔らかい等のクオリティがあります。
そして身体意識にはどれかを高めようとしてトレーニングをすると、他の要素が低下してしまうという根本的な理論があるのです。
これはゆる体操・ゆるトレでも全く同じように当てはまります。
というよりもゆる体操やゆるトレの一つ一つが、前提として身体意識の理論に基づいてできています。
ですから必ずそれぞれの体操にストラクチャー・モビリティ・クオリティの三要素が絡んでくるのです。
つまり上達したいと思っている人が先生の動きを見てそれを一生懸命真似しようとすると、よく見れば見るほどそれは視覚情報として入ってくるので、視覚情報として認識しやすいストラクチャーやモビリティを追っていることになりやすいのです。
これは特にゆる体操やゆるトレをスポーツや舞踊の上達に活かしたいと思っている、上達志向人に現れやすい傾向です。
そうすると知らない間にクオリティは下がってきます。ゆる体操や運動科学のトレーニングでのクオリティの最も根源的な要素は「ゆるんでいる」ということです。(厳密にいうと「ゆるむ」という言葉はストラクチャー・モビリティ・クオリティの3要素を含みますがここでは柔らかい、に近い意味で使っています)
ですから形ばかりを追っていると、根本的な身体の作用としてゆるまなくなってくるのです。
現代人はなんでも記号化(言語化)して考える習慣がありますが、ストラクチャーとモビリティ(特にストラクチャー)は記号化しやすい特徴があります。
ですから普通はなんでも「これはこういう形ね」という感じで対象を捉えて理解してしまうのです。
ここだけの話ですが、実は当サイトの記事でも内容がストラクチャーやモビリティ寄りの記事を書いた方が閲覧数が多くなるという傾向があります。
それはやはりクオリティに関する内容そのものが現代人にとってピンとこないということがあるのだと思います。
しかし身体運動でも、音楽やダンスなどの芸術の方面は、スポーツよりもよりクオリティが大事な世界ですね。
なので先生は声や身振り手振りでなんとか説明しようとしますが、結局のところ演奏のクオリティの根本は身体意識のクオリティそのものなので、身体意識が変わってこないと口や身振り手振りで説明してもなかなかその通りには伝わらないのです。
クオリティが伝わりににくい、ということについて、ゆる体操にはこれを解決してくれる仕掛けがあります。
それが擬態語運動法です。
擬態語運動法の威力
先ほどの肩ユッタリ回し体操でご説明しますと、「ユッタリ」という言葉の語感をよく味わうことによって、運動のクオリティを自然に学ぶことができるようになっているのです。
ですから先生の動きをよく見て、ユッタリユッタリとつぶやきながら行うことによってストラクチャー、モビリティ、クオリティの3つが自然に習得できるようになっているのですね。
普通の体操、運動法には擬態語をつぶやくという仕組みがありません。ですから擬態語をつぶやいたりするという特別な仕掛けがなければ、一生懸命先生を見ても形や動かし方ばかりを見てしまって、かえって「ユッタリ」という質が下がってしまいます。結果体が固まってしまうのですね。
一般的には運動にクオリティがあるということも、それが通常習得困難なことも認識すらされていません。
ですから、「擬態語運動法」という名前がついていることは実は非常に重要です。
名前がつくことでそれらのことが学習者の認識にのぼり、さらには学習の対象となることで、習得できるようになります。
運動科学のトレーニングには、学ぶ側の人間が正しくしかも効率よく上達できるような仕組みが考えてあるというわけですね。
まとめ
そろそろ話をまとめたいと思います。
- 運動、そしてそれを根本から支える身体意識には3つの要素「ストラクチャー」「モビリティ」「クオリティ」がある
- そのうち特にクオリティは理解や習得が難しい
- これらの3つの要素にはどれかを強化しようとするとどれかが下がってしまうという相関関係がある
- 特にありがちなのはトレーニング系の人がストラクチャーを高めようとしてクオリティが下がってしまうパターンである
いかがでしたでしょうか?
ゆる体操を始めたばかりの人にとっては少し難しかったかもしれませんが、要するに擬態語を呟きながらやればよりゆるみますよ、というお話です。
この文章を読んだ皆様のゆる体操への取り組みが良いものになられることを願っています。
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