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名曲・名盤探訪③ エリック・ホープリッチ、フランス・ブリュッヘン モーツァルト クラリネット協奏曲
みなさんこんにちは。達人調整師・ゆる体操指導員の中田了平です。
さて、このサイトはゆる体操、達人調整関係の普及と商品の販売を目的としたサイトですが、私は趣味が音楽だったり、オーディオだったりしますのでそういった事も時々書いています。
今回はモーツァルトのクラリネット協奏曲を運動科学の面も踏まえながらご紹介したいと思います。
モーツァルトは生涯にたくさんの曲を残していますが、この曲は35歳というモーツァルトの短い生涯のなかでも最晩年に書かれた曲で、穏やかで透き通ったような美しさと、長調でありながらどこか淋しくも感じられる独特の雰囲気の曲です。
私が思うに、モーツァルトは根本的にまず楽しさがあって、晩年に近づくほど、それに複雑な感情が加わったり作曲的な複雑さがましたり、といった別々の要素が加わって、さらに聞き応えのある曲になっているものが多いです。
モーツァルトの曲のなかでも、このクラリネット協奏曲は長調でありながら短調のような感情も同時に含まれる曲として、他にほとんど例がないものと思います。
さて、モーツァルトは身体意識でみれば基本的に軸(=センター)の人です。下軸も上軸もまずストラクチャーが大変強く、特に皆が感じるであろう楽しさは下軸のモビリティ(=運動性)とクオリティ(=質感)によるところが大きいと思います。
ここで身体意識について、詳しい知識が無い方のために少しご説明します。
人間の運動は実際の運動より前に必ず意識レベルで運動がおこります。それが顕在的に「何かをしよう」という意志を持って行われるものもあれば、無意識・顕在意識下で行われるものもあります。
そういった顕在意識でない、特に潜在意識には身体の体性感覚を中心に出来上がっている系があって、それを身体意識と言います。
身体意識には形状(=ストラクチャー)、運動性(=モビリティ)、質性(=クオリティ)という3つの要素があり、下軸とはセンターのうち、下半身の部分の軸を言います。同じ場所に軸があってもモビリティとクオリティが異なると、外部に与える印象はまた異なったものになります。
センターは上下や並行移動などのモビリティを持ちますが、モーツァルトの場合特に上下の運動性が強いですね。
モーツァルトの音楽にはある種の「落ち着きのなさ」があります。特に若い頃の作品はそういったものが多いです。
有名な映画「アマデウス」でも大変に落ち着きのない人物として描かれていましたが、書簡や音楽そのものから鑑みても「落ち着きのない」人間だったのは間違いないでしょう。しかしその「落ち着きのなさ」はセンターのモビリティで、落ち着きがない、と言っても非常にチャーミングな、大人が子供に感じるような落ち着きのなさだったであろうと考えられます。
モーツァルトが実際にチャーミングな性格だったことも書簡や音楽からうかがえますが、それがセンターの運動性に由来するであろうことは、運動科学のセンター系のトレーニングを一通り学んでいて、真に彼の音楽を愛聴する人なら実感として感じられるところでしょう。
さて、下軸はそうであるとしても、上軸はどうでしょうか。
上軸がどこまでも高い人間は非常に清々しく、ある種の神聖さを伴ったクオリティを持つことが多いです(このクオリティを運動科学では「天性のクオリティ」と言います)。
みなさんの周りにいつも清々しい感じを与える人物がいたら、その人は潜在意識下で天性のクオリティを受け取る能力が高い人でしょう。
大人でそういった印象をあたえる人はなかなかいませんが、私が子供の頃はクラスに一人ぐらいはいたような気がします。
クラシック音楽で言えばバッハなどもまさしくそういうタイプ(見た目は怖いオヤジですが、音楽は天性のクオリティに溢れています)でしょうけれども、モーツァルトも同じように天性のクオリティを持っていたであろうことは容易に想像できます。
天性のクオリティを持った音楽は、音が天に抜けるような感じであったり、天から音が降ってくるような感じがします。しかもそれが心が洗われるような、そんな雰囲気に満ちたものなのです。
そして実際にそういう身体意識を持っているプレイヤーが演奏すると、音が上下に抜けていくような感じがします。クラシック音楽のホールでは三階席で聴いても音がよく聞こえてきます。クラシック音楽が好きな方はそのような経験をしたことがおありだと思います。
よく、「どうしてあのような音が出せるのだろう」と言う人がおられます。私も若い頃はそう思っていましたが、運動科学の知識で説明すると、要するに潜在意識である身体意識の軸(=センター)が上下に抜けているからなのです。
身体意識は潜在意識なので、単にイメージする、というものではありません。演奏するときに上下に高く抜けるセンターをイメージしても何も起こりません。
しかし、潜在意識化されたセンターは潜在意識であるが上に常にその人の意識も含めた運動を支配します。とは言っても、演奏するのに一苦労しているレベルでは、本質力がいくら高くても技術を習得する方に力を使ってしまうので、一般的にはなんの問題もなくその曲をこなせるレベルになって初めて、その人物の身体意識が演奏に影響を与えるようになります。
こういう上下に抜けた軸(=センター)を持っている人は常に自分の支配する空間が軸のレベルになります。例えば3階席まで抜けるような音を出せるプレイヤーは少なくとも三階までは(実際にはもっと)常に潜在的に意識できる状態なのです。だから三階まで響くような音が出せるのです。
私の知り合いの方でピアノ教師をされている方が、「優秀なピアニストはホール全体が楽器になっている」と言われていましたが、潜在意識下の軸(=センター)はホールの外まで抜けることもできます。
モーツァルトでいうと、彼の音楽は上軸が高く抜けて常に天性のクオリティに満ち溢れています。
ただし、彼は基本的に世俗音楽の世界で生きていたので、「天性」だからといって宗教的な神聖さを感じさせるような曲を書いていたのではありません。しかし、彼が冗談で書いたような(例えば「おお!バカのマルティン」のような!)曲でも、天性のクオリティに満ち溢れているのです。
上軸が高く抜けるというのはそういう事です。
「バカのマルティン」を上下に軸の抜けた人が歌えばその歌詞の下世話さとの対比が一層強化されて大変楽しいでしょうね。
モーツァルトは父親への書簡のなかで、「僕は下品な人間ですが、僕の音楽は違います」と言っていたようですが、この場合の「下品」はおちゃらけた性格のことでもありますから、まさに下軸と上軸の作用を(身体意識の事は知らなくても)実感として感じていた証左でしょう。
モーツァルトの軸に関する話題は運動科学者の高岡英夫先生がいくつかの書物で発表している事ですので、さらに運動科学的な面からモーツァルトの事を知りたい!という方は高岡先生の書籍、「天才の証明」や「極意と人間」をお読みになっていただければと思います。
さて、無限に楽しく深い下軸と無限に高く神聖な上軸。こんな要素が同時に存在するという事がモーツァルト以外にあり得るのでしょうか?
高岡先生による答えは「こんな人間はまずいない」と言うことのようです。私も運動科学を学んできて、しかも沢山の演奏家によるモーツァルトの演奏を聴いてきて、そう思うようになりました。
まずないので我々は諦めるしかありません(笑)
でも、どちらか一方だけだったら、かなりのレベルの演奏は探せばあります。前置きが長くなりましたが、それが今回取り上げる、フランスブリュッヘン(Frans Brüggen)指揮, エリック・ホープリッチ(Eric Hoeprich)のクラリネットソロ、18世紀オーケストラのモーツァルト、クラリネット協奏曲です。
この演奏は非常に天性のクオリティに溢れています。まず冒頭からブリュッヘン、18世紀オーケストラの音は非常に爽やかで重心が高く、抜けていくような音色です。ブリュッヘンは写真を見る限り痩身で身長が高く重心も高い人だったようですが、モーツァルトの音楽も重心が高い(ちなみに下軸が「深い」事と重心が「高い」ことは直接的には別の現象ですが、下軸が深い人は間違いなく重心は高いです。しかし重心が高いからといってセンターが深いかどうかは別です。)ので、それがよく合っていますね。そもそも古典派の音楽は貴族の娯楽から民衆の娯楽へと移っていった時代ですが、ベートーヴェンまでは、音楽を今でいう「芸術」として捉える要素は現在よりも低かったので、あまり重い音楽は受け入れられませんでした。実際、モーツァルトの音楽もキーが短調で複雑なものは評判がよくなかったようです。いまでは考えられませんね。
それまでリコーダー奏者として名を馳せていたフランス・ブリュッヘンが指揮者として活動を始めた時期は19世紀ロマン派の薫陶を受けた指揮者・教育者がたくさんいました。彼が18世紀オーケストラを創設した経緯は詳しくは知らないのですが、おそらく古典派の音楽だけでなく、バロックの音楽も19世紀的に解釈しようとする当時の音壇へのアンチテーゼだと思われます。
そういった行動も、彼の重心が高く、いい意味での軽さ、が彼に備わっていた事と無縁ではないのだろうと私は思っています。
さて、肝心のホープリッチの音も指揮者と同じように明るく、抜けるような音色です。この抜け方が他と演奏者と比べても比類ないレベルです。非常に清々しく、天性のクオリティに溢れています。
ホープリッチはこの演奏で現在使われているクラリネットとは違ってバセットホルンを使用しています。元々モーツァルトはクラリネットより低い音がでるバセットホルンのためにこの曲を書いたのですが、バセットホルンがどういった楽器だったのか記録がなくなっていたため、近年になるまで再現ができない状態でした。楽譜もバセットホルンのための楽譜は無くなっていたので今回の演奏では楽器と楽譜からの再現ということになったようです。

そもそもクラリネットは高音域・中音域・低音域で音色が変わる楽器ですが、より低音がでるバセットホルンではその表現をどうするか、ということが演奏上問われます。
モーツァルトもその特性を活かして、ソロの部分でところどころ高音域と低音域で二つのパートが掛け合いをしているような部分があります。
こういう時にどうすればよりそういう感じを出せるのか、というと、具体的な表現方法は色々あると思いますが、本質力の面から言うとより低音域を出すときは意識が下方へ、高音域を出すときは上方へ向かえば音の質が鮮やかにかわって、良い雰囲気が出ます。
例えば低い音を出すときは人間の意識は普通は下方へ向かいます。
人間は腹式呼吸のほうが低音が出やすいですし、腹式呼吸に使う筋肉は横隔膜です。ですから低い・重いという運動はより重力を使った方が上手く横隔膜を使えます。横隔膜は体幹を横断する筋肉でより使うと(収縮すると)下がりますが、そういった身体の関係上、意識もそのように運動するのです。
ホープリッチも当然低音を出す時は意識が下方に向かっていますが、この演奏を聞くと最低音を出す時でも上方に意識が残っている感じがします。
運動総研の極意第1教程第6講座、「質重量体 操法」の講座では、実際に下方に運動する時に意識が下方に向かう場合と上方に向かう場合で運動性がどう変わるのかをトレーニングしますが、ホープリッチの場合、低音を鳴らす場合も意識が上方になんとなく残っている事が多いように感じます。
外部リンク
それが全曲を通じて天性の意識を感じさせる原因の一つとなっているのでしょう。
これはブリュッヘンの指揮の影響も大きいと思います。
ブリュッヘンがベースとして上軸を維持してくれているので、ホープリッチも上方への意識をキープしやすいのだと思います。
ホープリッチはそもそも18世紀オーケストラの団員ですから、この辺りはお互いに分かり合っている関係なのでしょうね。
ということでこの演奏はモーツァルトの2大特徴のうち、上軸の表現という意味では(おそらくモーツァルト本人程では無いにせよ)大変に天性のクオリティに溢れた清々しく美しい、という意味で比類ない演奏なのです。
さて、ここまで絶賛モードでしたが、前半で話をしたもう一つの特徴、下軸の表現はどうなのでしょうか。
実は下軸、という意味ではそれほど強く無いのがこの演奏です。音楽の演奏で下軸が深く強くなると、他では表現できない深さ(場合により不気味さ)、が表れます。モーツアルトの音楽はそれが長調でも短調でも上軸は考えられないほど高く抜け、下軸はとんでもなく深いので、高雅で神聖で、しかも深く、場合によっては不気味さすら感じさせるような音楽です。しかしそれも曲により上軸下軸の強さが異なります。演者として両方を備えることは大変に困難です。ですから、私はこの曲に関してはまず上軸が、そしてできれば下軸という順番で自分の脳内を自動的に補正するので、そういう意味では上方に抜けて天性のよいクオリティに溢れたこの演奏が大変な名演だと思ってご紹介させていただきました。
何度も言いますがセンターのストラクチャーが上方と下方に抜けて、それ相応のクオリティとモビリティを備えたモーツァルトの演奏などないのです。
しかしどちらか一方でも表現できていると大変な名演と感じられます(下軸が素晴らしいモーツァルトの名演もいつかご紹介出来ればと思います)。ですからモーツァルトがそれだけ数多の天才同士の中でも、さらにずば抜けた天才だったということなのでしょう。
さて録音ですが、問題なく素晴らしい録音です。基本的に残響をよく捉えているタイプの録音ですので、聴いていると自分がコンサートホールにいるような感覚になれます。この記事からSpotifyにアクセスされた方はイヤホンで聴くことが多いでしょうから、その音響を十分に楽しんでいただければと思います。
演奏7.5録音8
- 演奏基準点
- 1〜6 特筆すべき点はないが、個人的に取り上げておきたい演奏
- 7 高く評価されるべき演奏 または演奏以外の部分も含めてエポックメイキングな演奏
- 8 名演 当代随一の演奏
- 9 優れた身体意識に支えられた超名演
- 10 時代を超えて受け継がれていくべき超絶的名演 身体意識・曲の解釈全てがパーフェクト
- 録音
- 1〜6 普通の録音
- 7 優秀録音
- 8 最高ランクの録音
- 9 エンジニアの身体意識が感じられる魂の録音
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