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ゆる体操指導員の日常 中田ひろこ(81)
8月31日 土曜日
ときどき「ゆる体操上級教室に参加したいです」というお問い合わせをいただくが、上級教室は現時点では存在していない。私のところだけでなく日本全国のどこにも無い。理由は日本ゆる協会から許可が下りていないからで、私のところでも中級教室が一番上のレベルである。ご要望があるからといって開講するわけではないのでご理解いただきたい。
昨日だったか、資格試験を多数こなしてきた人の勉強のテクニックを本で読んで、なるほどと思うところがあった。また機会があれば使ってみようという方法もあった。しかしいったん本を閉じて考えてみると、ゆる体操指導員資格試験というのは、こうしたテクニックがまったく通用しないとんでもなく難しい試験なのだということをあらためて感じた。筆記試験と実技試験があり、実技試験がタフなのだ。合格基準を満たす動きができないかぎり何回受験しようが合格できない。何度も受けているうちにたまには得意な問題が出て通るかも知れないというような、確率の話ではないのである。自分の「できていないところ」と向き合って事前に時間をかけてちゃんとゆるめて解決してこなくてはいけない。詳しいことを言い出すと長くなるのでこれ以上はここでは書かないが。
ちなみに私は今のポジションになるまで41回受験して合格は10回(昇級回)、不合格は31回(現級据え置き回)。
今までそれなりに難しい試験を受けてきた。数年前に全国通訳案内士(国家試験)の英語を受験したことがある。その頃はすでに昔ほど難関試験では無くなっていたようだが、私のまわりでも4年目でようやく合格したという人もいたし、受験会場で11年目の挑戦だという人にも出会った。私は初回で合格したが、かなりきつかった。
大変な試験と言えばもっと昔、50年前の大学受験の時を思い出す。センター試験の前身の共通一次試験もまだ無かったころの時代に、国立一期(いまや死語)を受験した時だ。試験は二日間だったが、その二日間に体調が悪かったりしたらそれまでに猛勉強を重ねてきたとしても「はい残念でした」なのだ。私は初日に数学の問題がほとんど解けず「だめだ、落ちる」と覚悟した。泊まりがけで付き添ってくれた母親によると、大学の門から出てきた私の顔色は真っ青で全身がガクガク震え、口が聞けなくなっていたそうだ。幸いその晩のうちに元気になって、翌日に得意な英語で挽回できたので良かったけど、あのまま体調が悪ければアウトだった。いまや東大にさえも特別な推薦枠があると聞いているが、私の知る限り昔の国立大学はそんなものは一切なく、受験日の出来具合だけの、一発勝負だった。
しかし全日本ゆる体操デモンストレーターの試験は、さらに難しいと感じる。ことさらに値打ちを出そうとして言っているのではない。私は同じデモンストレーターの仲間を、そうした所をくぐり抜けて来た仲間として心底リスペクトしている。単にゆる体操が好きで上手いというだけではダメで、何度も難関に挑戦して突破するにはゆる体操指導というものへの信頼や希望や情熱がないととても無理だと思う。
ということで今日もトレーニングする。